ディープ 最期に大きく息」社台スタリオンの徳武さん、治療内容語る
2019年08月01日
【安平】中央競馬史上2頭目の無敗の三冠馬となるなどG1歴代最多タイの7勝を挙げた牡馬のディープインパクトが30日、死んだ。17歳だった。「空を飛ぶ馬」と呼ばれ、引退後も種牡馬としてダービー馬を出すなど活躍したが、頸椎(けいつい)骨折で回復の見込みが立たず、安楽死処置が取られた。
ディープインパクトが繋養(けいよう)されていた社台スタリオンステーション事務局の徳武英介さん(57)が30日、報道陣の取材に答え、治療内容や生前の様子について語った。
――頸部(けいぶ)の不調が判明したのはいつ。
「今年は2月上旬から種付けを開始したが、18日朝の放牧後に突然、動作がおかしくなった。放牧中に走ったり、暴れた形跡はなく、スタッフも様子を見ていたが、特に原因となる理由が見当たらない」
――手術に踏み切った理由は。
「頸部の不調を確認してから、社台やノーザンの外科を専門にする獣医5人を中心に医療チームを組み、治療を進め、病状の原因を特定できた。手術しなければ、いずれ状態が悪化することが分かっていた。種牡馬としてもう一度復活してほしいという思いで、踏み切った」
――手術の内容は。
「頸椎(けいつい)を固定し、痛みを軽減する手術。95%は改善すると言われ、執刀は米国の専門医が行った。術前の体調は非常に良く、万全の状態で臨むことができた。無事成功し、麻酔から覚めた後は草を食べ、厩舎(きゅうしゃ)内を動き回っていた。表情もリラックスしていたが、29日昼ごろに容体が急変した」
――安楽死の決断に迷いはあったか。
「起立不能になり1日近く経過していた。ディープ自身も痛みを通り越し、本当に静かで寝ている状態に近かった。回復する見込みもなく観念している様子だった。最期は息を大きく吸っていたが、苦しんではいなかった」
――印象に残っているレースは。
「2006年の凱旋門(がいせんもん)賞で禁止薬物により失格になった後、出場したジャパンカップ。世間から疑いの目を向けられている中で、見事な勝利を収めた。本当に完璧なレースだった」
最終更新:8/1(木) 10:47
北海道新聞
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