急遽、米国へ飛んでトランプ大統領と会談した韓国の文在寅大統領。左は韓国の通訳
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お世辞連発の文在寅大統領
日韓関係ばかりか、米韓関係にも暗雲が立ち込めるなか、韓国の文在寅大統領は、1159キロの長旅を厭わず、ニューヨークに飛び、ドナルド・トランプ大統領と会談した。
3か月ぶりの米韓首脳会談は1時間余にわたって行われた。
冒頭10分間はトランプ流の記者団を前にした公開会談。トランプ大統領は外国首脳との会談の際によくやる。
トランプ大統領はそこでこれから始まる会談で何を話すかを紹介し、相手にも話させるのだが、8割から9割は自分の言いたいことを喋る。さらに記者団からの質問に応じる。
この公開会談で自分のペースに相手を完全に引き込むのだ。
前回のワシントンでの文在寅大統領との会談(5月22日)では差しの会談時間は冒頭の公開会談(両大統領夫人も同席)にほとんど費やされ、実際の差しの会談は2分間だったという「非公式記録」すらある。
トランプ氏が文在寅大統領の北朝鮮寄り・中国急接近スタンスや誇張発言(虚偽も含めた)に腹を立てていたからだったという話までワシントンではまことしやかに流れた。
さて、今回の会談は文在寅大統領もトランプ流になれたのだろう。公開会談で一気に喋った。
「最後にお会いしてから3か月が経つが、トランプ大統領と再会できたことは大きな喜びだ」
「大統領の板門店訪問は大統領が行動によって平和を示した歴史的瞬間(a historic moment)として長く受け継がれるだろう」
「私は、大統領の想像力と大胆な決断に日頃から驚き入っている(marvel at your imagination and bold decision-making)と言わざるを得ない」
「大統領のリーダーシップのおかげで、南北朝鮮関係は大きな進展を遂げることができました。そしてそれが米朝間の対話を導き出せました」
「4回目の米朝首脳会談に向けて近いうちに米朝間で実務協議が始まることを期待しています。4回目の米朝首脳会談が実現すれば、おそらく世界史における真の歴史的瞬間(a truely historic moment in world history)になるものと期待しています」
「朝鮮半島における完全な非核化に向けての大転換(a great transformation)になるでしょう」
(https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-president-moon-republic-korea-bilateral-meeting-new-york-ny/)
以上の発言はホワイトハウスが公表した議事録を訳したもの。韓国側の通訳が多少脚色しているのかもしれない。
それにしてもこの大げさなトランプ絶賛はどうだろう。
「歴史的瞬間」「想像力と大胆な決断力」「世界史における歴史的な瞬間」——。
トランプ氏に応援団的存在のフォックス・ニュースのキャスターでもここまでは言わない。
反米容共大統領に何が起きた
文在寅大統領に一体何が起こったのだろうか。
米韓関係をフォローしてきた米政府元高官は、現在文在寅氏が置かれて状況についてこう分析する。
「米国務省や国家安全保障会議(NSC)の対朝鮮担当者たちはこう見ている」
「文在寅氏の支持率は40%。韓国歴代政権の支持率としては危険水域に突入している。来年4月の議会選挙を控えて与党幹部たちは大敗するのではないかと危機感を募らせている」
「理由はいくつかある。文在寅氏がごり押しして法務長官にしたチョ・グク氏一族のスキャンダル疑惑に対する検察当局の捜査。結果次第ではチョ・グク氏の逮捕・起訴だってありうる」
「次が朝鮮民族の和解を旗頭に進めてきた文在寅氏の対北朝鮮外交の頓挫だ。ハノイでの米朝首脳会談以降、北朝鮮とは没交渉。北朝鮮メディアは文在寅政権を強い口調で非難し続けている」
「国民世論は今や文在寅大統領の政治外交センスすら疑い始めている。それに追い打ちをかけたのが修復不可能に近い日韓関係だ」
「文在寅氏は日本がもっと柔軟姿勢を見せると思っていた。大変な誤算だった」
「それでも突っ張る文在寅氏も同氏と対立する日本政府も『正気の沙汰ではない』と考える米政府関係者も少なくない」
「こうした見方を踏まえて、ニューヨーク・タイムズも社説ページに寄稿記者、E・タミー・キム氏*1の論考を載せている」
*1=キム氏は高級誌ザ・ニューヨーカーの論説記者を経て、2019年2月からニューヨーク・タイムズの寄稿記者。エール大学を経て、ニューヨーク大学法科大学院卒。
(https://www.nytimes.com/2019/08/23/opinion/japan-south-korea.html)
「米中の間で『バランス外交』を目指した文在寅大統領は、中国ににじり寄ったものの、習近平主席は、終始、消極的な対応だ。訪韓を要請したが反応なし。対中外交は空回り状態だ」
「経済面に目を転じると、韓国経済は米中貿易戦争や日韓軋轢のあおりを受けてますます危うい状況になっている」
「一言で言えば、この左翼政権は、任期5年の中間点に差しかかる前から『レイムダック』化している」
「唯一の拠り所は、韓国国内に根強い反日機運だが、これを緩和させない限り、日韓関係は改善しない」
「無理に政府指導で抑制すれば(周辺を筋金入りの反日分子で固めているだけに政府としては動けない)、世論のバックラッシュを招く」
「内憂外患の文在寅大統領が国連総会出席とはいえ、この時期になぜトランプ大統領と会談するのか。韓国の青瓦台も外務省当局も作戦には苦慮したはずだ」
情報機関の極秘情報で電撃訪米決める
韓国メディアによれば、当初は国連総会には李洛淵首相が出席することになっていたという。
それが急遽、文在寅大統領になったのは、「北朝鮮の非核化を巡って米朝実務者協議が迫っている」との韓国情報機関の極秘報告があったからだという。
文在寅氏にとって、「危機脱出」の数少ない材料は米朝間の非核化交渉の再開だ。元々米朝の橋渡しをしたのは自分だという自負がある。
その後、非核化よりも南北朝鮮和解を優先したことでトランプ大統領だけでなく米政権もへそを曲げている。米韓同盟関係に亀裂が入った遠因にもなっている。
米韓同盟修復の材料に新たな動きは役立つかもしれないという思惑が文在寅大統領にはあったに違いない。
文在寅大統領が自ら米国に飛び、トランプ大統領と会う必要があると判断したのだ。だが手ぶらでは行けない。
用意したのは、米国製軍事装備購入増加、在韓米軍駐留費分担*2増額に対するコミットメントだった。
*2=米韓は2020年以降の在韓米軍駐留経費の韓国側分担を決める協議を24日、25日ソウルで開催中。韓国側分担は「防衛非分担特別協定」(SMA)で定められている。軍事装備購入については、過去10年、そして今後3年間の購入計画について文在寅大統領が説明したという。
さらに公開会談で文在寅大統領が口にした米国産天然ガス(LNG)導入契約と米韓自動車企業間の自動運転技術締結だった。
「外交交渉も成否はすべてカネでなんぼ」のトランプ大統領を納得させるための苦肉の策だった。すべてはパッチワーク(つぎはぎ細工)にすぎない。
文在寅大統領は23日、ソウルを立つ空港に見送りに来た日系のハリー・ハリス駐韓米大使にこう言った。
「最近の日韓関係の困難が米韓関係に影響を及ぼしてはいけない」
だが、この程度のカネで悪化が続く日韓関係を放置したまま、揺らぐ米韓同盟が立て直せるのか。
前述の米政府元高官の答えは「ノー」だ。
NYタイムズは仲介を助言
1時間余の首脳会談で両首脳は、日韓関係、特に韓国が8月に破棄を決めた日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)についてのやりとは全くなかったのだろうか。
首脳会談後、韓国政府高官は「GSOMIAについての言及はなかった」と述べている。
だが自分の分身、チョ・グク氏が検察当局の厳しい追及を受けている真っ只中、非核化を巡る米朝協議再開が迫ったからと言って、1159キロも離れたニューヨークにまで飛んでくるだろうか。
米韓同盟にも密接に関わり合いを持っているGSOMIA問題や日韓関係についてトランプ大統領と話し合わない方がおかしい。
トランプ大統領にしてもそうだ。びっしり詰まった日程の中で文在寅大統領と話すからには日本がらみのアジェンダが取り上げるのは大統領としての外交のイロハだ。
大嫌いだが、トランプ大統領が一番気にしているのはニューヨーク・タイムズだ。そのニューヨーク・タイムズは、前述の論考でこう指摘している。
「韓国のGSOMIA破棄決定で日韓の対立は危険な局面に入った。日韓の対立が両国の経済や安全保障、地域における米国の国益にとって損失なことは明白だ」
「日韓が自らの愚行を理解するのに米国の助けはいらない。米政府はもっと前に仲介に入るべきだったのに、はとんど関心を示してこなかった」
「日韓が正気に返るようにトランプ政権が強く働きかけるべきだ」
新たに迫り来る「ウクライナゲート」
もっとも文在寅大統領とニューヨークで会ったトランプ大統領も外憂内患の症状では文大統領に引けを取らない。
米中貿易戦争、ホルムズ海峡でのイランとの緊張関係激化といった外交案件のほか、ロシアゲート疑惑は一応晴れたものの、今度は「ウクライナゲート」疑惑が急浮上している。
トランプ氏がジョー・バイデン前副大統領の次男のウクライナ国内での行動を調査するようにゼレンスキー大統領に圧力をかけていたとの疑惑だ。
民主党は「国家安全保障への裏切りだ」(ペロシ下院議長)と弾劾を前提とした調査を行うことを正式決定している。
上院は共和党が多数派だから弾劾決議は上院で退けられそうだが、再選を目指すトランプ大統領にとっては大きな障害になってきそうだ。
そうした中でトランプ大統領がニューヨーク滞在した3日間に個別に会談した外国首脳は13人(中南米諸国との首脳とは一緒に会談)。
GSOMIA破棄撤回は「一石二鳥」
トランプ大統領にとってはこのくそ忙しい時にギクシャクした関係が続いている韓国の文在寅大統領と、込み入った話などする余裕はなかったのだろうか。
米外交オブザーバーの一人は、文在寅大統領の今回の訪米の舞台裏を総括してこう解説する。
「文在寅大統領は、日韓関係打開でトランプ大統領に何らかの形で仲介してもらう以外に糸口はないとは思っているのだろう」
「だが政権内の反日分子に囲まれてなかなか言えない。トランプ大統領も頼まれなけば動かない」
「文在寅大統領は、8月に決定したGSOMIA破棄決定を撤回すれば、安倍晋三首相も態度を軟化させ、トランプ大統領も喜ぶことは知っている。これが米韓同盟を軌道に戻す最善策になる」
「日韓関係、米韓関係を正常化させる上では『一石二鳥』の策なのだが、国内状況からみて文在寅大統領にできるか、だ」
このオブザーバ—も前述の米政府元高官も今回の米韓首脳会談でトランプ大統領からGSOMIAについて言及があったに違いないと見ている。
オブザーバーはこう筆者にコメントしている。
「あのトランプの激しい気性から推し量るに、言わないわけがないよ。表(記者発表など)には出さないことを条件に『GSOMIA破棄決定を大統領権限で撤回したらどうか』とね」
「大統領とは何でもできるというのがトランプ氏の政治哲学だからね。文在寅大統領ならできるという論法だ。元々GSOMIAを締結した時*3も当時の大統領はこっそりやったそうじゃないか」
*3=米国の強い要望を受けて2011年より日韓実務者間で交渉が開始され、2012年6月に締結される予定だった。しかし署名予定時刻の1時間前に韓国側が一方的に延期。2016年に交渉が再開し、11月、朴槿恵大統領(当時)が野党の反対を押し切って署名に漕ぎ着けた。
さて、この2人の韓国通の読みが当たっているかどうか。
これを裏付けるスクープをものにするのは、米国メディアか、それとも韓国メディア、あるいは日本メディアか。
日米の新たな貿易協定は安倍総理とトランプ大統領が25日、ニューヨークで共同声明に署名し最終合意しました。
農産品の関税はTPPの水準まで引き下げ、自動車の関税撤廃は事実上、先送りされるなど日本が大幅に譲歩した形です。
「この協定は両国の消費者、生産者、そして勤労者、全ての国民に利益をもたらす。両国にとって、ウィンウィンの合意となりました」(安倍首相)
「この協定は、アメリカの農家や牧場主にとって大きな勝利だ。そして、私にとってとても重要なことだ」(トランプ大統領)
協定ではアメリカが求めていた農産品の関税について、牛肉はいまの38.5%から段階的に9%まで引き下げるほか、豚肉も価格の安い肉にかけている1キロあたり最大482円の関税を最終的に50円まで引き下げます。
コメについてはいまの関税は維持し、アメリカから関税無しで輸入する枠も設定しませんでした。また、ワインについては最終的に関税をゼロにします。
一方で、日本が求めていた自動車と自動車部品の関税撤廃については、付属文書に「更なる交渉による関税撤廃」と明記したものの、撤廃の時期は盛り込まれず事実上の先送りとなりました。
また、アメリカが検討している日本車への追加関税については、共同声明に「協定が誠実に履行されている間、協定および共同声明の精神に反する行動は取らない」と明記し、茂木外務大臣は会見で「追加関税を課さないという趣旨であることを確認した」と強調しました。
日本車への追加関税の回避はなんとか確保できたものの、協定全体を見ればアメリカに押し込まれた形で、日米双方が「ウィンウィン」と言うには厳しい内容となりました。(26日08:08)