清水建設の井上和幸社長(右) Photo by Tomomi Matsuno

風車「建設」だけじゃない
「発電事業者にもなり得る」

 「発電事業者にもなり得る」

 売上高1兆円を超えるスーパーゼネコン5社の一角、清水建設の井上和幸社長は約500億円を投じて洋上風力発電建設船を造ることを発表した7月24日、会見席上で洋上風力発電に懸ける思いを語った。建設船の建造計画は約3年前から温めていたものだった。

 洋上風力発電は、海上に吹く強い風を動力にブレードと呼ばれる巨大な羽を回して電気を作る再生可能エネルギーの一つ。清水が巨額を投じるのは自航式SEP船(Self Elevating Platform、自己昇降式作業船)と呼ばれる、海上で安定した姿勢を保ちながら建設作業をするための専用船で、これで風車を造る。

 SEP船は港で建設に使う重い資材を積み込んで、目的地まで海上輸送する。目的地に到着すると、4本の足を海中に伸ばして位置を固定し、船体を海上に持ち上げる。すると海上にもかかわらず、船自体が固定され、作業をするための“面”に様変わりする。

洋上風力発電を推進する追い風になったのが、2018年11月に国会で成立した新しい法律だ。海域利用の調整に関する法的な課題がほぼ解消され、日本でも本格的に洋上風力発電の導入が進む見通しが立った。新法がこの4月に施行されたことを受け、建設業は洋上風力発電事業にさらに引き寄せられている。

 洋上風力発電では、設備の大きさが発電量を左右する。国内では3~5メガワット級の洋上風車による発電施設(着床式)が主流だったが、現在進行中のプロジェクトは8メガワットクラスが主流となっている。洋上風力発電で日本に先行する欧州では、すでに6~8メガワット級の「大型」が中心だ。最先端では、米GEが今夏にオランダで12メガワットの「超大型」の建設開始を予定している。

 この世界的な流れに乗り、清水のSEP船は8~12メガワット級の建設に対応できる仕様となる。2500トンまで耐えられる揚重能力を持つクレーンを備え、8メガワット風車ならば1度に7基まで搭載できる能力を持つ。

 当然、建造費も莫大だ。船だけで約400億円、技術開発や実用化のためのトレーニングなどにかかる費用を含めると500億円規模の投資となる。これは、2019年度にスタートした5カ年の中期経営計画の投資計画のうち、「インフラ・再生可能エネルギー新規事業(フロンティア事業他)」に投資する1300億円から拠出される。

 同規模のSEP船を欧州から借りるという選択肢もあるが、世界的にも大型対応のSEP船が不足していることに加え、輸送に片道数十憶円、レンタル費用は1日数千万円が掛かってしまう。

大林組、マリコンの五洋らも攻める中で
「洋上風力のリーダーシップを取りたい」

8月にも建造を始めるSEP船 提供:清水建設

 他のゼネコンも発電設備の建設について研究を重ねている。2019年1月に準大手ゼネコンの五洋建設が10メガワット級の風力発電設備に対応するSEP船をいち早く完成させ、大手ゼネコンの大林組も最大10メガワット級に対応する船を20年10月の完成目指して建造中だ。

 スーパーゼネコンの大林組は、秋田県北部沖で事業者として洋上風力発電に参加しており、その周辺でも計画中だ。清水が建造船に大型投資をすることを耳にした大林組の蓮輪賢治社長は、「洋上風力発電の市場は大きいので、競合するというよりも建設業界全体で広げていきたい」と歓迎してみせた。

 清水の井上社長は「進取の精神でいく」と母校である早稲田大学の建学の精神の言葉を借りて、「洋上風力のリーダーシップを取りたい」と意気込む。「間違いなく育つ市場で、ビジネスチャンスを前に指をくわえて見ているわけにはいかない」と事業拡大にやる気満々だ。

 業界関係者の中には、「あんなに大きな船を作って大丈夫か」と首をかしげる者も少なくない。国内で大型の風力発電施設の建設需要が続くか不透明であり、インフラやサプライチェーンなど市場も未成熟。プロジェクトの発足から発電開始までの時間も長い上、莫大なコストもかかる。「決して甘い事業ではないので覚悟が必要」との声がエネルギー業界からも聞こえる。

 

 もっとも、清水は井上社長が「発電事業者にもなり得る」と発言した通り、建設だけで終わるつもりもなければ、国内にとどまるつもりもない。

 施工の発注を待つだけでは、プロジェクトが途絶えた時に稼げない。だから、施工の請負と事業者の両輪を狙う。これには、技術開発や研究に長けたゼネコン特有のメリットも働く。

 建設前の環境調査を依頼されることがあり、「実は事業主以上にリスクや採算性が分かる」(清水建設エンジニアリング事業本部長の関口猛執行役員)。つまり、効率の良いプロジェクトかどうかの選別をいち早くすることができるというのだ。さらに将来は、東南アジアや台湾など海外で工事の受注も狙う。

 足元で国内建設事業は追い風だ。しかしこの風はいずれ弱まるだろうし、風向きが変わるかもしれない。だから基盤の建設事業以外の分野で稼ぎ頭を増やすべく、業界は事業多角化を進める流れにある。洋上風力発電は多角化材料の目玉の一つとなっており、スーパーゼネコンでは鹿島や大成建設もSEP船の建造こそ予定はしていないが、洋上風力発電の技術開発や計画は進めている。

 建設事業や不動産開発事業など「陸」で培った経験が「海」でも活かせるのか。洋上風力発電は建設頼み、国内頼みから脱却できるか否かの鍵を握る。

(ダイヤモンド編集部 松野友美)