親日を巡る旅──日本兵は強かったと語り継ぐガダルカナル島

カテゴリー/ フリースペース |投稿者/ ビレンワークアップ
2019年08月09日

太平洋戦争のなかでも有数の激戦地、ガダルカナル島。多くの犠牲者を出した同島での戦いを現地の人々はいまも語り継いでいた。世界の親日を巡る旅を続けるジャーナリストの井上和彦氏がレポートする。

 * * *
 南太平洋メラネシアに位置する島嶼国「ソロモン諸島」のガダルカナル島──首都ホニアラを置くこの島の名は、大東亜戦争の象徴のごとく、いまでも日本人の記憶に深く刻まれている。

 1942年(昭和17年)7月6日に、海軍設営隊が上陸してルンガ飛行場(現在のホニアラ国際空港)を設営したのが戦いの始まりであった。

 日本軍の動きを察知した米軍は、翌月の8月7日に1万1000人からなる第一海兵師団を送り込んで飛行場を奪取する。その後、飛行場を奪還すべく日本軍は兵力の逐次投入を続けたが、圧倒的物量を誇る米軍を前に劣勢を挽回できず、犠牲者は増える一方だった。

 以後、1943年(昭和18年)2月7日にタンベア海岸から撤退が完了するまでに2万2000人の日本軍将兵が戦死した。その内の1万5000人が戦病死や餓死だったことは痛恨の極みである。

 補給が重要視されなかったこの戦いでは、前線の兵士たちは食糧もないまま戦い続け、弱った体にマラリアなどの疫病が追い打ちをかけ、数多の将兵が斃れていったのだった。  それゆえに、ガダルカナル島には、「飢餓」の「餓」の文字が充てられ「餓島」と呼ばれた。

 そんなガダルカナルには、島内各地に数多くの慰霊碑が建立されている。

ガダルカナル島西部にあるビル村の戦争博物館に展示された日本軍野砲

写真5枚

 大激戦地アウステン山に造られた「日本平和慰霊公苑」には、ソロモン諸島最大の戦没者慰霊碑があり、同国に慰霊に訪れる日本人は必ず行くという。そこからは、日本海軍と米海軍が三次にわたって死闘を繰り広げたソロモン海を一望できる。

 この海域には、夥しい数の両軍艦艇が沈没しており、主戦場となった島の北西海上に浮かぶサボ島周辺海域はそれゆえに「アイアンボトム・サウンド」(鉄底海峡)と呼ばれている。

 黙祷──日米両軍の将兵に哀悼の誠を捧げた。

◆いまも残る戦没者の遺骨

 米軍の手に陥ちた飛行場を奪還せんと送り込まれた一木清直大佐率いる一木支隊900名が玉砕した海岸付近には「一木支隊奮戰之地」と刻まれた立派な慰霊碑が建立されている。

 突撃を敢行した一木支隊は待ち伏せしていた米軍の猛烈な砲火に阻まれてイル川を渡河できなかった。河口付近は当時の写真のままであり、目をつむれば寄せ来る波と共に一木支隊の鬨の声が聞こえてきそうだ。

 また一木支隊が上陸したタイボ岬付近のテナル教会脇にも慰霊碑が建立されており、いずれも地元の人々によってきれいに整備されていたことには驚かされる。

 激戦地「ギフ高地」には、勇戦敢闘しながら玉砕した岡明之助大佐率いる岡部隊の慰霊碑が建立されている。この地にはいまもタコツボ陣地が残り、周囲には薬莢や炸裂した砲弾の破片が散乱しており、戦いがつい昨日のように思えるのだった。

 だがそれだけではない。

ルンガ飛行場(現ホニアラ国際空港)は戦後、日本の資金援助で整備され、現地の人々から感謝されている

写真5枚

 ガダルカナル島ではいまも数多くの日本軍将兵の遺骨が、道路工事現場や建設現場、ジャングルなどで発見されている。私が訪れたときも、2日前に発見され収容されたという日本軍将兵の遺骨に対面した。遺骨を収容してくれたのは、ギフ高地にあるバラナ村のウィリー・ベシー村長だった。

「この遺骨は、先週の金曜日に私の息子ジョンがアラブクリークという場所で見つけました。そして私がここに運んで保管しております。遺骨と一緒に2つの鉄兜と水筒、それに認識票が見つかりました。それでこの遺骨が日本陸軍の兵士であることが確認できました」

◆自衛官に抱かれて帰国

 現在、「全国ソロモン会」やNPO法人「JYMA日本青年遺骨収集団」などの民間団体が来島して遺骨収集を行い、全国ソロモン会の慰霊碑があるコカンボナのナナ村で荼毘に付し、日本政府が千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に持ち帰っている。

 全国ソロモン会理事で、長期駐在して遺骨収集を続ける西冨謙太郎氏はいう。

「私がガ島に来てはじめて丸山道(*注)に足を踏み入れて発見した最初の3柱の御遺骨にはたいへん思い入れがあります。その後2柱を発見して合わせて5柱を収容したのですが、そのときは重圧を感じました。どこに安置してよいかわからず、自宅の寝室に安置して祭壇を設けて御遺骨と寝起きを共にしたんです」

(*飛行場奪還のために正面から突撃した一木支隊は待ち伏せにあったため、次に第二師団は飛行場の背後をつくようにジャングルに道を切り開いた。師団長・丸山政男中将の名前にちなんで「丸山道」と呼ばれる。)

バラナ村のベシー村長と筆者・井上和彦氏

写真5枚

 話を聞いた時も、西冨氏は自宅に33柱の遺骨を保管しているとのことだった。

 2014年(平成26年)、戦没者の遺骨137柱が、戦後初めてホニアラに寄港した海上自衛隊練習艦隊に引き渡され、海上自衛官の胸に抱かれて祖国日本へ帰国した。

 20年以上もこの地で暮らすキタノ・メンダナホテルの総支配人・山縣雅夫氏はいう。

「式典には100歳になる元兵士の方も参列されており、戦友の御遺骨が艦艇に運び込まれるときは感動で泣き崩れられ、床に伏しておられました。それを見ていた参列者も涙しておられました。素晴らしい御遺骨の引き渡し式でした」

 またこの式典に参加した前出の西冨氏はいう。

「感無量でした。旭日旗がソロモン海にはためいているのを見たとき、目頭が熱くなりました」

◆「日本の兵隊は強かった」

 激戦地「ムカデ高地」には、第二師団の「ガ島戦没者慰霊碑」が建立されている。飛行場奪還を試みた第二師団が奮戦した場所だ。高地からは左手にルンガ川、正面に飛行場が見える。

 往時を思い感慨に耽っていると、麓の村から子供達が集まって来た。

コメント 4

激戦地ムカデ高地で出会った子供たち

写真5枚

 人懐っこい笑顔の子らに聞いてみた。

「君は学校で第二次世界大戦の歴史を学んだ? 日本兵についてどのような考えを持っているの?」

 少年の一人はこう応えてくれた。 「日本の兵隊はみな勇敢で本当に強かった」

 よもやこの地で、中学生ぐらいの子供からそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかった。学校で、あるいは家庭でそのように教育している証左であろう。日本軍は憎しみの対象ではなく、それどころか、その戦いぶりが高く評価されていた。

 私は驚いた。日米両軍が激戦を繰り広げたガダルカナル島で、日本軍がそのように評価されていたとは。

 青年海外協力隊員としてこの島で活動する日本人男性もこう証言する。

「現地の人からは、『食糧が無いなか、あれだけアメリカ軍に徹底抗戦し戦ったジャパニーズアーミーは強かった』という話をよく聞きます」

 同じく女性隊員もいう。

「ソロモンの人から、『なんで日本はあんなに強かったのに負けてしまったんだ』ということを聞かれます。当時の戦いを見たお父さんやお祖父さんから『日本人はソロモン人より小さいのによく戦っていた』ということを聞かされて育ったという人にも会いました」

戦後、その悲惨な戦いがやり玉に上げられ、負の側面だけが判で押したように語り継がれてきたガダルカナルの戦い。だが日本軍将兵は強靱な精神力と至純の愛国心をもって戦い、その武勇はいまでも地元の人々に畏敬の念をもって語り継がれているのだ。

 そしてこのことが日本への尊敬に繋がっているのである。

 地元青年のデイビット氏は親指を立てながら満面の笑顔でいう。

「もし日本があの戦争に勝っていたなら、ソロモンはもっと発展していたよ!」

 またホニアラ国際空港で勤務する職員の一人はこういった。

「戦時中にお亡くなりになった日本の将兵に対しても我々は敬意をもっており、感謝しております。そして日本政府は戦後も、あらゆる形でソロモン諸島と人々に貢献してくれています。いつも日本人を歓迎しております。ソロモン諸島に来て、歴史を知ってください」

 戦後の日本人は何かを見誤っている。

※SAPIO2018年11・12月号

 

 

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