日本一貧乏な函館の観光列車「ながまれ海峡号」 予約が取れない人気の理由

カテゴリー/ フリースペース |投稿者/ ビレンワークアップ
2019年10月19日

10月18日(金)9時42分 ねとらぼ

予約が取れない函館の人気観光列車「ながまれ海峡号」に乗車

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 北海道、函館と言えば、いまも歌い継がれる演歌の名曲「函館の女」。北島三郎さんの大ヒット曲です。2019年現在の東京駅〜函館駅間は東北・北海道新幹線で約4時間半。「はるばる」してませんね。飛行機ならフライト時間は約1時間20分。函館は近い!
 函館の名物といえば函館山の夜景、路面電車、ラッキーピエロのハンバーガー、ハセガワストアーのやきとり弁当、五稜郭、函館朝市など、たくさんありますね。
 その函館には、日本一の栄誉に輝いた観光列車があります。道南いさりび鉄道の「ながまれ海峡号」です。関係者が「日本一貧乏な観光列車」と自虐的に紹介しています。ややこしいですが「日本一貧乏の栄誉」ではありません。優れた鉄道企画旅行を選ぶ「鉄旅オブザイヤー2016」でグランプリを獲得した正真正銘の日本一になった列車(の旅)です。
 もう少し説明したいところですが、ともあれ列車に乗りましょう。
 「ながまれ海峡号」は旅行会社主催のパッケージツアーで運行します。集合は函館駅の改札口前。案内係のお姉さまに参加証の缶バッジをもらって、ガラス張りのコンコースを歩いて行くと、ネイビーブルーの気動車が待っていました。銀色の細い帯の上下に、オレンジやイエローの円が並びます。なるほど、これは「水平線と漁り火」ですね。銀帯が途中で上へふくらんでいます。これが函館山かな。窓の上には無数の星、北斗七星もあります。
 乗り込むと、まずは大漁旗が出迎えます。漁師町のおもてなし。そして飾り付けはモミジですね。すっかり秋の色。よく見るとレンジ色のイカが混じっている。白いぬいぐるみもぶら下がっています。これはご当地キャラの「ずーしーほっきー」さんです。ホッキ貝のにぎり寿司をモチーフにしているそうで、おなかのポツポツは米粒を現しています。
 シートは4人掛けのボックスシートとロングシート。JR北海道のディーゼルカーとしては一般的な配置です。ただし、全ての座席にテーブルが取り付けられています。このテーブルはパタンと開くと面積が倍になります。良くできてるなあ。車両を普通列車として使う時は、テーブルを取り外します。
 15時51分。函館駅を発車します。走り出してすぐの車窓右手に道南いさりび鉄道の本社があります。各部門の社員さんたちが手を振ってお見送りしてくれました。こちらも手を振って応えます。
 車窓左側は線路だらけ。函館駅は貨物列車の拠点です。青函トンネルを通り抜けた貨物列車が到着し、機関車を付け替えて道内各地に旅立っていきます。その広い構内を、たった1両のディーゼルカーが進みます。隣の五稜郭駅のそばには機関車の基地もあります。ふふ、乗り鉄的には海よりも山よりも良い眺めなのであります。
 五稜郭駅を過ぎると線路は二手に分かれます。右に分かれていく線路は函館本線です。北海道新幹線の新函館北斗駅方面、その先に札幌駅。道内各地につながります。
 私たちの列車は左の線路へ。こちらが「道南いさりび鉄道」です。函館湾と津軽海峡を望み、37.8キロ先の木古内駅まで運行しています。「ながまれ海峡号」は、木古内駅までの全線を往復します。函館駅に戻る時刻は19時47分。約4時間の旅です。料金は9800円〜1万1800円で、座席と人数によって変わります。ボックス席は2〜4人のグループ向け。ロングシートは、1人または5人以上のグループ向けです。
●「夕食は1回」だけなのに、「おいしいものがどんどん出てくる」……ナゼだ?
 列車はしばらく函館市街地を走ります。戸建てが多いせいか空の広さを感じます。家の玄関や洗濯物干し場にガラス張りの風よけがあるのが見えます。寒さと潮風のある街の家です。あと、なぜか白い窓枠の家が多い。壁が白くないので、かえって白い窓枠が目立つのかな。昔、渋谷で流行したガングロの女の子の目を想像してしまいました。函館の家は渋谷系だなあ、と、間違った感想を抱きつつ……。
 上磯駅を出発してしばらく走ると海沿いの景色になります。穏やかな函館湾の向こうに、夜景で有名な函館山が見えます。函館山が見えなくなると津軽海峡です。空気が澄んでいれば青森県の下北半島が見えます。ながまれ海峡号は、こんな海の景色を眺めつつ、うまいものを食べて楽しむ列車です。
 どんなうまいものが出てくるかというと……。
○15時51分 函館駅発車時→「メルちゃんのうまイカパイ」
 函館駅の発車時に出てきたのが「メルちゃんのうまイカパイ」。さきイカが入った塩味のパイです。チーズ風味でした。
○16時19分 上磯駅停車時→地元商店街の立ち売り(別料金)
 上磯駅では地元商店街の方による立ち売りがありました。「ホッキしゅうまい」は大人気ですぐに売り切れ。「べこ餅」はずーしーほっきーの形。ホッキは入っていません。「ナイアガラぶどう」は大きい粒で1房100円。すごく甘かったです。
○17時41分 木古内駅折り返し停車→「道の駅みそぎの郷きこない」で買い物タイム
 木古内駅では、近所の道の駅「みそぎの郷きこない」に寄ってお買い物タイム。約42分の折り返し時間があっという間に過ぎていきます。併設するパン屋さん「コッペん道土」の塩パンが有名だそうで、すぐに売り切れるとのこと。列車内で試食用1個と予約用紙が配られます。そりゃ買うよね。店内には道南のお土産がたくさんありました。
○18時22分 木古内駅発車時→「どうなんパスタセット」
 木古内駅発車時には「どうなんパスタセット」が出てきました。山形県出身の有名シェフ奥田政行さん監修のペンネ・アラビアータ、サラダ、塩パンのセット。ペンネ・アラビアータはトマトの酸味と厚切りベーコンのうまみがじゅわり。江差産ズワイガニの「カニミソ味」が隠し味だそうです。
○18時59分 茂辺地駅停車時→「北斗市特選いさりび焼き」
 茂辺地駅では、何とプラットホームでのバーベキュー「北斗市特選いさりび焼き」。焼き上がったら折り詰めにして車内へ持ち込みます。
 ちなみに「ながまれ海峡号」の申し込みWebサイトには「夕食1回」とあります。つまり「うまイカパイ」から「いさりび焼き」まで、4時間のコース料理というわけです。
●これのどこが「日本一貧乏」なの?
 茂辺地駅のいさりび焼きの頃には陽が落ちて、車窓には夜の海。夜景を楽しむために車内の照明を暗くしてくれます。この日、路線名にもなった「漁り火」は残念ながら見えませんでした。それでも昼間の明るい海、夜の幻想的な車窓を眺められて大満足。乗り鉄としては、貨物列車と何度もすれ違う場面も楽しめました。
 道南いさりび鉄道の他の車両との出会いも楽しいです。道南いさりび鉄道は9両のディーゼルカー「キハ40形」を保有しています。このうち、「ながまれ号」塗装が2両。ほかの5両は全て異なる色です。
 こんなにも楽しく、おなかいっぱいの観光列車が、どうして「日本一貧乏」といえましょうか。もっとも「日本一貧乏」は正式なキャッチフレーズではありません。道南いさりび鉄道の公式サイトや、主催会社の日本旅行は「日本一貧乏」を使っていません。「日本一貧乏」はこの列車の成功を記録した本のタイトル『日本一貧乏な観光列車ができるまで 「ながまれ海峡号」の奇跡』が由来です。
 本書によると「ながまれ海峡号」は異例の低予算で作られた列車です。そもそも、運行する道南いさりび鉄道にはおカネがありません。道南いさりび鉄道はもともとJR北海道の江差線でした。しかし、北海道新幹線の開業と同時に「並行在来線」としてJR北海道から切り離されます。貨物列車は運行を継続しますが、旅客列車は廃止。でも、それでは地域の人々が困るので、北海道、JR貨物、沿線自治体が出資して「道南いさりび鉄道」が発足しました。
 新幹線の並行在来線に共通の悩みは「赤字必至」です。地方路線のほとんどはJR時代から赤字。その上、新幹線の開業によって特急列車が廃止され、利用者も売り上げも激減します。道南いさりび鉄道も同じ問題を抱えていました。
 そこで観光列車に活路を見いだそうとしたわけです。もっとも、赤字前提の会社ですから観光列車の新型車両を作る予算はありません。JR北海道から譲り受けた中古車両に、最低限の改造をして仕立てたのでした。
●おカネはかけなくても手間ひまかける 「貧乏ってステキ」
 ながまれ海峡号をよくみると、目立つ改造は脱着式のテーブルだけ。飾り付けは迫力がありますけれど、取り外し可能。手間はかかるけれど、あんまりお金はかかっていません。上磯駅の立ち売りも、茂辺地駅のバーベキューも、地元の有志が協力し、がんばっています。お金をかければ車内にオープンキッチンなんてのも作れるでしょう。電子レンジくらいは置けるでしょう。でも、それでは「おいしくない」。
 なんとか限られた施設と予算で、圧倒的においしいものを提供したい。工夫と手間をかけて乗り切ろう。これが「ながまれ海峡号」のコンセプトです。
 そんな努力の結果として、他の観光列車にはない「おもてなし」が実現しました。有名シェフのイタリアン、豪快なエキナカバーベキュー。これらが実現した理由が「貧乏」だというならば「貧乏ってステキ」じゃありませんか。
 運行開始から2019年で早3年。ながまれ海峡号は現在も大人気です。運行日が少ないこともあり、なかなか予約が取れません。そんなに人気があるというのに、正直、もうかってもいないらしいです。でもウハウハにもうかっちゃったらおカネで解決、貧乏ならではの「手間暇かけたおもてなし」という潔さがなくなってしまうか……。
 これからも「日本一貧乏」でがんばってほしい観光列車です。
(杉山淳一/乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。日本鉄道全路線踏破の達成率99.29%、JR線は100%)

 
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