香港デモ 最前線にいた警官の絶望

カテゴリー/ フリースペース |投稿者/ ビレンワークアップ
2019年12月23日

民主派が大勝した香港の区議選(11月24日投開票)では、初めて政治の世界に飛び込んだ多くの若者が当選した。来年1月1日の就任に向けて準備を進める当選者たちに課題を聞くとともに、次の大きな政治決戦である来秋の立法会(議会)議員選への影響を探った。【台北特派員・福岡静哉】

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 ◇デモ警備に絶望して警察を辞し、民主派から出馬

 民主派は今回、改選前の126議席から385議席へと大きく躍進した。当選した多くは「政治の素人」と呼ばれる新人たちだ。

 香港有数の繁華街を擁する銅鑼湾選挙区から出馬し、初当選した邱汶珊氏(36)も「素人」の一人だが、元警察官という異色の経歴の持ち主。11年にわたり香港の治安を守ってきた。当選から5日後の11月29日、銅鑼湾でインタビューした。「6月に本格化した抗議デモで私の人生は大きく変わった」。邱氏は、そう切り出した。

 6月12日、デモ現場の最前線で対応に当たった。機動隊が催涙弾を相次いで放ち、約80人が負傷した。自身は警備担当で銃を握る立場ではなかったが、いたたまれない気持ちだった。その後、市民から路上でいきなり「暴力団警察」などと罵声を浴びせられることが増えた。デモが激化するにつれ、警察はますます暴力的な手法を強めた。

 「市民を守るはずの警察が、市民を傷つけている。これ以上、警察官として働けない」。8月初旬、職を辞した。デモ隊は、香港の調査委員会条例に基づき、暴力的な取り締まりをした警察官の処罰について調査する独立調査委員会を設置するよう求めている。「警察組織を正常化するには調査委を設置するほかない」。邱さんはそう痛感するようになった。

 ちょうどそのころ、知人から「銅鑼湾選挙区は民主派の候補者がいない」と聞いた。前回は親中派候補が無投票で当選し、今回も現職以外は誰も手を挙げていなかった。「民主派の選択肢を住民に提示する必要がある」。出馬を決意した。

 親中派の現職との一騎打ちとなった選挙戦でも、独立調査委の設置を訴えた。区議にその権限はないが、強い思いを市民に伝えたかった。「応援している」。元同僚の警察官からもひそかに励ましをもらった。結果は10ポイント差での勝利。邱氏が区議の一員として1月から所属する湾仔区議会でも民主派が多数を占めた。邱氏は「区議会として香港政府に対し、独立調査委の設置を働き掛けていきたい」と意気込む。課題を聞くと、こんな答えが返ってきた。「まずは事務所探し。拠点がないと仕事ができません」。手弁当で選挙戦を戦い、事務所がないまま投票日を迎えていた。区議の仕事を始める準備は、これからのようだ。

 ◇「返還後生まれ」の大学生が親中派ホープを破る

 香港島西部の西環選挙区。近くには、中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」(中連弁)のビルがそびえる。香港では1国2制度によって保障された自治を「港人治港」(香港人が香港を治める)と表現する。中弁連が西環にあることから、民主派は、1国2制度が揺らぐ現状を「西環治港」(中国政府が香港を治める)と批判してきた。「西環」には、中国政府の権力を象徴する響きがある。一方で、一帯は浮動票が多い選挙区とも言われる。

 西環選挙区の現職、張国鈞氏(45)は、親中派の最大政党「民主建港協進連盟」(民建連)で副主席(副党首)を務める。16年には区議と兼職できる立法会議員に当選し、政府トップの林鄭月娥行政長官の諮問機関「行政会議」(33人)で最年少のメンバーでもある。かつて民建連の青年組織トップも務めた張氏は、親中派の将来を担う「ホープ」だ。

 3期目を目指す張氏に挑戦したのは、民主派で香港大4年の彭家浩氏(21)。区議選に出馬できるのは21歳以上であり、最年少候補者の一人だ。彭氏は「大学生に何ができるのか」などと批判も浴びたが、3289票を獲得し、2494票にとどまった張氏から大金星をあげた。張氏は落選後、中国政府に近い香港紙「文匯報」のインタビューで「多くの有権者が候補者の実績や能力ではなく、政治的な立場だけに基づいて投票した」と敗因を述べた。

 香港紙によると、区議選当選者の平均年齢は37・4歳と、前回比で7・3歳も若返った。30歳以下が139人と全体の33%を占めた。平均年齢を押し下げたのは、民主派の当選者たち。彭氏は2人いる最年少当選者の一人だ。

 彭氏が12月初旬、インタビューに応じた。97年の香港返還後に生まれた世代が区議に就任するのも初めてのこと。彭氏は少しはにかみながら「勝てるとは思っていませんでした」と選挙戦を振り返った。

 「両親に連れられて10歳の時からデモに参加していた」と言う彭氏。14年の民主化デモ「雨傘運動」の際は高校生だったが、現場に駆けつけた。香港大では政治学と行政学を専攻し、学生会の幹部としても活動した。6月に本格化した政府への抗議デモにも繰り返し参加してきた。

 彭氏は「民主、自由といった価値観を香港市民にもっと浸透させるには、地域に根付いた運動が必要だと以前から感じていた。それが区議選への出馬を決意した理由です」と語った。有権者から「若すぎる」と批判も浴びたが「熱意では誰にも負けません」と訴えた。勝因については「6月以来、若者だけでなく中高年層も政府への不満が強まっている。現職の張氏は政府の一員でもあり、政府への批判票が私に流れたのでしょう」と冷静に勝因を分析した。

 ◇「蛇スープ」以外で、どうやって民心を掌握するか

 蛇斎餅粽――。新人の民主派議員の課題として、香港紙をにぎわせる四字熟語だ。「蛇」は滋養強壮に効果的とされる香港名物の蛇スープ。「斎」は食事、餅は中華圏で中秋節に食べる月餅を指す。粽(ちまき)を端午節に食べるのも中華圏の伝統だ。つまり蛇斎餅粽は、地域住民への各種の「サービス」を意味する例え。香港紙の報道によると、親中派の区議は住民に安価な食事や旅行を提供するのが普通で、過去には「学費補助」などと名目をつけて現金を配る区議さえいたという。

 こうした行為を民主派は「悪習だ」と批判してきた。彭氏は「悪習はいけないが、必要な地域への貢献など住民のためになる仕事をすべて否定はしない。ただ、それだけでは不十分だ。地域に民主的な考え方が根付くよう、勉強会などを積極的に開催していきたい」と抱負を語った。また「親中派は政治資金パーティーなどで財力があるが、私は善意の寄付に頼っている」と話し、資金不足を今後の課題に挙げた。こうした民主派の姿勢に対しては「民主派議員は政治的な主張が先立ち、住民の生活面での要望に応えようとする姿勢が不十分だ」(親中派区議の支持者)との指摘も出ている

 西環選挙区の有権者に意見を聞いてみた。商店街で買い物をしていた民主派支持の主婦、銭さん(53)は「賄賂のような行為はよくない。だが、すべてやめてしまうと住民の不満が出るかもしれない。張さんは住民の細かい要望に応じてきた面はある。彭さんは政治の課題よりもまず、地域住民の要望に耳を傾けることから始めた方がいい」と指摘する。区議の仕事は、騒音や歩道の不備など、生活に関わる苦情や要望の解決を図ることが多いと言われる。初当選した新人たちにとっては、地道な地域活動を続けることが最大の課題だろう。

 ◇一枚岩ではない政府と親中派

 次の大きな政治決戦は、来年9月が見込まれる立法会議員選だ。政府トップの行政長官が提出した法案・条例は、立法機関である立法会で賛成多数を得なければ施行できない。区議会には法律・条例の制定権はなく、政府や立法会に政策提案をするなどの権限しか与えられていない。このため親中、民主の両派にとって立法会議員選は極めて重要だ。中国政府もその行方を注視している。

 立法会(定数70)の選挙では、各業界団体の代表枠35▽比例代表制による直接選挙枠29▽区議枠6――でそれぞれ選出される。業界枠の比重が大きいため、民主派が過半数を取るのは極めて困難な仕組みだ。欠員が1人いる現在の内訳は、親中派43、民主派25、中立1。

 香港政府と親中派議員は、必ずしも一枚岩ではない。議員は支持母体となっている業界団体の意向を重視するため、政府案に難色を示すこともあるためだ。大規模デモの契機となった「逃亡犯条例」改正案では、香港で拘束された容疑者を中国本土に引き渡すことを可能とする内容に、中国本土で事業を展開するビジネス界からも懸念が相次いだ。このため自由党など一部の親中派は、改正案に慎重な姿勢を見せた。

 区議選の結果や6月から続くデモは、議員心理に微妙な影響を及ぼし始めている。民主派の立法会議員は区議選後、林鄭長官の弾劾決議案を立法会に提出した。決議案に関する議論の中では、複数の親中派議員から抗議デモに対する政府の対応への苦言が出た。親中派6人が「香港にいない」などの理由で5日にあった採決を欠席し、議長を除く62人が投票した。賛成26票、反対36票で反対が上回ったため、弾劾決議案は否決されたものの、差は10票だった。欠席した親中派6人のうち4人は、民意の変化にとりわけ敏感な直接選挙枠の議員。来秋に選挙を控え、支持率10%台の林鄭氏に肩入れし過ぎれば、自身の選挙にマイナスとの計算が働いているのかもしれない。仮に次期立法会議員選で両派の議席差が今よりも縮まれば、林鄭氏は安心して議会に法案を提出できなくなる。

 ◇新区議の働きぶりが立法会選を左右

 民主派は今回の区議選大勝を受けて、直接選挙枠や区議選枠での議席増を狙う。ただ、香港紙が民主派の得票率について16年立法会選と今回の区議選を18区議会の地域別に比較したところ、4地域で民主派の得票率がダウンしていた。今回の区議選全体で親中派の得票率は約41%あり、従来香港で定説となってきた「香港の民意は民主派6割、親中派4割」との比率は変わっていないとの指摘が出ている。また直接選挙枠29議席は香港を五つに分けた大選挙区で行われ、それぞれ得票数に応じて議席が配分される比例代表制が採用されている。このため完全小選挙区制の区議選のように民主派が大勝することは難しい。民主派にとっては、楽観できる状況ではない。

 「民主派の新区議たちが住民の支持を維持できるかどうかが大切だ」。ある民主派の立法会議員はこう指摘する。新人区議らの地域での活動ぶりが住民の失望を招けば「民主派は期待外れだ」「親中派区議の方が良かった」との評価につながり、立法会議員選にも影響する。

 日本で民主党(当時)が政権交代を果たした09年の衆院選が再び頭をよぎった。初当選した民主党(当時)の新人議員143人は、選挙を統括した小沢一郎氏の名前から「小沢チルドレン」と呼ばれた。だが次の12年衆院選で再選されたのは、わずか11人。約3年3カ月にわたる民主党政権に対する国民の失望が影響したことは否定できない。

 「来年9月は旅行せず香港にいよう」。ソーシャルメディアでは既にこんな呼び掛けが始まっている。来月1日に就任する新区議たちの働きぶりは、今後の香港情勢を左右しそうだ。

 
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