住民の半分がコロナ感染した町、傷痕深く「新常態」見い出せず イタリア

カテゴリー/ フリースペース |投稿者/ ビレンワークアップ
2020年08月10日

イタリア北部ロンバルディア州ネンブロの中心部に、おもちゃ屋がある。シャッターは閉まっている。このシャッターが開くことはもうない。おもちゃ屋を経営していた年配のピエラさんが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかり、死亡したのだ。隣で息子たちと共に金物屋を営んでいたピエラさんの兄弟も、コロナで亡くなった。  これは、この小さな町を襲った多数の悲劇の一つに過ぎない。  イタリアをはじめ、欧州の多くの国で経済活動が再開する中、ネンブロのような町はニューノーマル(新常態)を見出すのに苦労している。傷痕があまりに生々しいからだ。  理容室を営むマニュエルさんは「月に1度通ってくれていた常連の少なくとも10人が亡くなった」と言う。「彼らに二度と会えないというのが本当に信じられない」  ネンブロはイタリアが新型コロナウイルス流行の結果、大きな社会的・経済的代償を払ったことを示す象徴的な町だ。  パンデミック(世界的な流行)のさなか、町の死亡率は10倍にまで膨れ上がった。イタリアの小さな共同体がここまで深い衝撃、それに悲しみを経験したのは第2次世界大戦以降初めてだった。  人口約1万1000人のネンブロは、国内で最大の打撃を受けたロンバルディア州内で、最も被害が大きかった地域にある。  イタリア国立統計研究所によると、ネンブロの3月最初の3週間の死者数は、昨年全体の死者数の10倍以上に上った。人口比でいうと、国内でここまで被害が甚大だった自治体はない。  先月25日に発表されたデータでは、ネンブロは世界最大の被害を受けた町である可能性が示された。新たな検査では、人口の49%が新型コロナウイルスにかかったと推定されるという。  ネンブロは国内有数の工業地帯、バッレセリアーナの玄関口にあり、花壇つきの邸宅や子どもの遊び場、アフタースクールつきの教会や噴水がある広場などがそろった豊かなコミュニティーだ。輸出入に依存していた企業にとって、中国とのつながりは日常的なものだった。  英テレグラフ紙の取材に対し、ネンブロのクラウディオ・カンチェッリ市長は「3月に入ってからの15日間は、毎日10人が死亡した。誰も事態を把握できなかった」と話した。  2月23日に隣接する町アルザーノロンバルドの病院で最初の感染が発生した時、すぐにでもロックダウン(都市封鎖)が始まるといううわさが広がった。しかし、3月8日まで何も起こらなかった。  カンチェッリ氏は「2月末にベルガモで会議があり、他の首長も集まった」と述べた。「誰もマスクをしていなかった。今となってはまったく信じられない」 ■写真館を訪れるのは遺影を作る人のみ  2月23日から3月30日までの間に、ネンブロでは188人が死亡した。前年同時期と比べると10倍の死者数だ。  市長の執務室の下には、市内での出生数や死者数を記録する登記所がある。そこでは2月末に所長がせきや高熱などの症状で体調を崩した。それから数日で職員3人が同様の症状を訴えた。3月5日には、女性職員1人しか残っていなかった。この職員は翌日病院に緊急搬送され、2日後に死亡した。  職員1人が死亡、3人が重症となり、登記所は人員を埋めることができなくなった。ネンブロ議会は急増し続けた死者数を記録できず、しまいには数えきれなくなってしまった。  町は現在、少しずつ日常を取り戻しつつある。しかし、外出する住民はごくわずかだ。  ソニア・クアランタさんは町の中心部で写真館を営んでいる。結婚する予定の若いカップルに人気があるため、ネンブロ住民はほぼ全員、クアランタさんと顔見知りだ。  クアランタさんは「2月末から3月初めにかけて、みんなハエが落ちるかのように倒れてしまった」と言う。「ある時点で、亡くなった愛する人の遺影を作る客しか来なくなったことに気付いた」

 
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