「信長を憎くて殺すわけではない」…運命のらせん階段のてっぺん「本能寺」、大河どう描く
2021年02月05日
NHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」は、残すところあと1回。ベテラン脚本家の池端俊策が手がける戦国武将・明智光秀(長谷川博己)の一代記は、7日の最終回で、一大権力者となった主君の織田信長(染谷将太)を襲撃する「本能寺の変」を描く。どんなクライマックスを迎えるのだろうか。池端に聞いた。(笹島拓哉) 【写真特集】雪景色の名刹で熱闘…囲碁・棋聖戦第2局
「光秀は自分だ」、脚本家・池端俊策が描く“謀反”

「麒麟がくる」の最終回(7日、通常より15分拡大し1時間番組として放送)で、本能寺に向かう明智光秀(長谷川博己)NHKより
「本能寺の変」は1582年(天正10年)6月、京都・本能寺に宿泊していた信長を、家臣の光秀が軍勢を率いて襲い、自害に追い込んだ事件だ。その動機については、歴史家の間でも「信長に対する恨み」「突発的な犯行」「将軍・足利義昭が黒幕」「四国政策を巡る対立」など諸説ある。
脚本の池端は「本能寺の変に関する本は山ほど読みましたが、歴史をなぞるのではなく、あくまでドラマでやって、面白いかどうかが大事」と資料を調べた上、独自の解釈でクライマックスを考えたという。

(写真:読売新聞)
「いいドラマとは、意外性を面白く見せるもの」を信条とする池端は、本能寺の変で「信長を憎くて殺すわけではない」と苦悩する光秀を描いたという。本作は全体を通して「光秀と信長の友情物語」となっており、「友達を殺したくはないけれど、天下・国家のためには、非人間的な部分がある信長を殺さざるを得なかった。そんな光秀の心は痛ましいものですよ」
本能寺の変で主君を裏切った光秀は「謀反人」との印象が強く、「やむを得ず信長を討った」という解釈は一般的ではない。一方で、「謀反人」という人物像は江戸時代に創作され、“後付け”で悪党にされたという見方がある。それを踏まえて、本作の光秀は、悪党とはほど遠い人物として描かれ、無益な殺生を好まず、戦のない大きな国を作るという夢を持つ。
「光秀には時代を分析する知的な部分があり、それは現代人の目で見た感覚と同じ。だから、光秀は『自分だ』と思って書きました」と池端は打ち明ける。
そんな思い切った人物設定ができたのは、40歳頃までの光秀に関する記録がほとんど残っていないからだ。天下を左右するほどの武将でありながら、いつどこで生まれたのかははっきりしていない。そのため青年期の物語はほぼフィクションで、視聴者が共感することのできる主人公像も自由に作ることができたという。
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