「無価値とはほど遠い」 外国人記者が嫉妬した「駄菓子」の真価 世界中のファンが憧れる「新しさ」
2021年07月15日
街角の「駄菓子屋さん」。古き良き日本を感じられる文化として、世界が注目を始めています。ただ「絶滅」を待つだけの存在なのか、それともまったく新しい価値が見えてくるのか。日本に暮らす外国出身の記者が考えました。(Grape Japan、ゼビア・ベンスキー記者) 【画像】外国人記者が嫉妬した「駄菓子屋」はこちら。「代表的菓子」うまい棒の真面目レビュー、第1位は
「懐かしさ」に嫉妬した
初めて駄菓子屋に足を踏み入れた時、私は好奇心に駆られた。 あらかわ遊園地は、東京に残る唯一の都電である都電荒川線を利用して訪れる人が多い、昔ながらのテーマパークである。荒川遊園地前駅から公園に向かう道で、私は「こどもの家 きくや」の看板に目が留まった。 中には、見たこともないようなお菓子がずらりと並んでいた。昼下がりの日差しが優しく差し込む中、私はひざまづいてじっくりと見てみた。日本のコンビニで見たことのあるお菓子もあれば、見たことのないお菓子もあった。帰ろうとしたその時、店に中年のご夫婦とその娘さん(孫娘かもしれないが)が入ってきた。「懐かしいね」と女性は話していた。 私は何も知らなかった日本文化の一面を発見したことに興奮したと同時に、彼女が表現したその「懐かしさ」に嫉妬した。日本で育ったわけではないので共有できなかったその幼少期の思い出の世界を、今になって、私が急に知りたくなった。 後に知ったが、駄菓子は「値打ちのない」という意味の「駄」という字で書かれていて、江戸時代に高級な上菓子と、雑穀と砂糖を混ぜて作った安物のお菓子を区別するために付けられた名前だそうだ。しかし、私にとっても、そして多くの外国人にとっても、駄菓子は決して価値のないものなんかではない。 かわいい形やイラストやキャラクターが描かれていたり、時にはなぞなぞやクイズが出てきたりするようなパッケージの面白さ、甘味・塩味など味のバリエーションの豊富さ、販売しているお店の昭和の雰囲気など、それぞれの魅力や歴史を持った宝箱の中の宝石のような存在だ。 ある人にとっては懐かしさの埃をかぶっているような、ある人にとっては、ガチャガチャ販売機から出てきたばかりのカプセルトイのようなピカピカした新しさがあるようなもので、発見され味われるのを待っている、そんな存在だと感じる。 悲しいことに、「こどもの家きくや」は、2018年に、半世紀の歴史に幕を下ろしてしまった。かつては全国の都市部でもよく見かける存在だったが、日本の駄菓子屋は年々減少しているという。しかし、駄菓子はすぐになくなるという危機に瀕しているわけではない。様々な意味で、時代の変化に合わせて駄菓子や駄菓子文化は適応している。
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