「削れるのは人件費しか」コロナ余波嘆く家族経営のクリーニング店 所信表明の現場を歩く
2022年06月17日
「コロナ後」への動きが加速している。飲食店への入店やイベント入場の制限はなくなり、水際対策も緩和された。ただ「影響は今も残っている」と頭を抱える人たちもいる。岸田文雄首相は就任直後、所信表明演説の冒頭で「新型コロナとの闘いは続いています。私が、書きためてきたノートには、国民の切実な声があふれています。テレワークでお客が激減し、経営するクリーニング屋の事業継続が厳しい」と新型コロナウイルス禍でのクリーニング店の苦境に触れ、「こうした切実な声を踏まえて政策を断行していく」と宣言した。あれから8カ月。そのクリーニング店はどうしているだろう。そして、今もコロナのあおりを受ける業界への支援は行き届いているだろうか。 【選挙の投票ってどうやるの?】
新型コロナで経営難に、クリーニング店の今
「あれ、今日はこれだけだっけ」 東京都豊島区の商店街にある「クリーニングルック」。ポールに掛けられた十数枚の仕上げ済みワイシャツを見て、男性が思わず漏らした。 「そうだよ」と清水三穂(みずほ)さん(82)が返す。男性は清水さんの息子で、一緒に店を切り盛りしている。清水さんは「コロナ前と比べたら、ワイシャツやスーツはほぼ半減した。店をたたむ同業者も大勢いる」と嘆いた。

クリーニング店「クリーニングルック」創業者の清水三穂さん=東京都豊島区で2022年5月31日、三浦研吾撮影
コロナ下で人々の生活スタイルは変わった。リモートワークの普及もその一つだ。会社員が仕事着で外出する機会は減り、店に頼む洗濯物も少なくなったことで、多くのクリーニング店は経営難にあえいでいる。 清水さんは茨城県の山あいの村で生まれた。中学卒業後すぐに上京。「住み込みで働ける職場を」と探して見つけた新宿のクリーニング店で、技術を磨いた。 やがてなじみの客も増え、東京オリンピックが開かれた1964年、23歳で独立した。洗濯板で1枚ずつ手洗いし、湿り気が均等になるようにたたんでアイロンがけする。丁寧な仕事で順調に業績を伸ばし、3店舗を構えた。15年ほど前からは、脱サラした息子夫婦も加わった。 そんな清水さんの店でも、月400万円近くあった売り上げが、コロナ禍に入って数カ月で4割ほど落ち込んだ。店を半世紀以上続けてきたが、これほどの落ち込みは「記憶にない」といい、今も戻らない。
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