5人か1人か、どちらを救う? 自動運転車が直面する「トロッコ問題」【けいざい百景】
2022年07月24日
あなたが乗っている自動運転車の前方に、突然5人が飛び出してくる場面を想像してほしい。今のスピードのままではブレーキが間に合わず、右側の対向車線には避ける余地がないほど車が続いている。車は乗員の命を守ることを前提に、右に進路を変えることはなさそうだ。左側の歩道には歩いている1人が見える。直進すれば5人にぶつかり、左に回避すれば1人を巻き込むことが予想される。「トロッコ問題」と呼ばれるこの究極の2択を迫られる状況で、自動運転車はどう動くべきか。(時事通信経済部 工藤玲) 【写真】自動運転倫理ガイドライン研究会による公開シンポジウム ◇倫理的な議論の意義 トロッコ問題は、当然ながら自動運転だけではなく、人間が自ら運転する場合にも起こり得る。ただ人間の場合、反射的にハンドルを切ったり、パニックで体が固まってしまったりと、冷静な判断が難しいケースが多い。一方の自動運転車は、考え得る限りのケースを想定し、あらかじめプログラミングした通りに作動する。つまりトロッコ問題に直面した自動運転車が、何を優先させてどのような動きを選択するかは、人間による事前の検討次第といえる。 そのまま直進すれば5人と衝突し、方向を変えれば1人が巻き込まれる場面。単純に犠牲者の数を最小限に抑えるのなら、瞬時にセンサーで人数を把握し、人数の少ない方に向きを変えることはできるだろう。1人の命より5人の命を優先する、言い換えれば5人を守り1人を犠牲にするプログラミングをすることになる。人間がとっさに判断する通常の車両よりも、事前に命の選別をも迫られるため、自動運転車の普及には倫理的な議論が不可欠だ。 メーカー側も、自動運転の技術を磨く上で、倫理的側面からの議論の必要性を感じている。ホンダで車両制御システムの研究開発に携わってきた波多野邦道氏は、「単に事故を起こさないことだけではなく、何をどのように配慮するのかという価値観(を考えること)が、非常に重要になってくる」と語る。 ◇倫理ガイドラインの現状は ドイツでは2017年、政府が立ち上げた倫理委員会が、自動運転車とコネクテッドカー(つながる車)に関する倫理指針を策定。命の軽重を年齢や性別といった個人の特徴で区別しないことや、責任の所在を明確にできる記録を残すことなど、20の規則を示している。自動運転に特化した同様の提言は欧州連合(EU)や米国にもある。日本政府は19年3月、人工知能(AI)の開発や活用に関する「AI社会原則」を策定しているものの、自動運転に特化したものではない。 そうした中、日本でも民間主導で、法学や倫理学、工学などさまざまな分野から専門家10人が集まり、「自動運転倫理ガイドライン研究会」が21年9月に立ち上がった。樋笠尭士代表(多摩大学専任講師、名古屋大学客員准教授)は、「メーカーが車内の人を守るのは当たり前だが、歩行者を犠牲にしてはならないのも当たり前。その対立が表れてしまうのが自動運転の世界だ」と話し、車に乗っていない人命にも影響が及ぶ特異性から、自動運転固有の倫理指針の必要性を強調。国にも働き掛けたい考えだ。 研究会は今年6月にシンポジウムを開催し、「自動運転倫理ガイドライン案」を公開した。乗員や歩行者の別を問わず人命を尊重することや、メーカーは自動運転システムが作動する条件などを誇張せず使用者に伝えることなど、計11の指針を示した。 ドイツの指針では、トロッコ問題は不測の事態が多く一般化が難しいため、事前のプログラミングはすべきでないとの立場を示している。樋笠代表は「ある意味(独の指針は)、メーカーを悩みから解放してあげている。でも、それでいいのかというのがわれわれの考え方だ」と説明する。 そこで研究会はトロッコ問題への対応について、指針の中で、時代によって変わっていく価値観に応じ、業界全体で方向性を定めることを目指すべきだとした。事前のプログラミングを否定せず、独の指針とは異なる立場を取った。
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