47年間テレビCMなしでも大ロングセラー『マルちゃん焼そば』の知られざる販売戦略
2022年06月13日
フライパン1つで、家庭でも簡単手軽においしく調理できる商品として、幅広い世代から支持されている『マルちゃん焼そば』。発売からすでに47年を迎えるロングセラー商品だが、実は、これまでに一度もテレビCMを展開していないことが分かった。発売元の東洋水産といえば、「同じ俳優を起用したテレビCMを最も長い間放映し続けている商品」として『赤いきつね』がギネス世界記録に認定されるなど、CM戦略に長けたメーカーとして知られる。一体、なぜ『マルちゃん焼そば』はCM展開しないのか。担当者に話を聞いた。 【写真】「やばすぎるw」緻密再現にSNS絶句…『マルちゃん緑のたぬき』超絶キャラ弁 ■1日の生産数は富士山3つ分、年間販売数は約3億食の超ロングセラー商品 “食数換算すると麺市場で最も売れている”とも言われる『マルちゃん焼そば』。発売元の東洋水産では具体的な生産数を公表していないが、「敢えて言うなら、1日の生産数が富士山を3つ重ねたくらいの高さの量になりますでしょうか。3食の『マルちゃん焼そば』の袋の厚みが約4センチと計算して…」と、担当の低温食品部部長・斎藤和巳さんはヒントを示す。 富士山の高さが3776mなので、その3つ分を1袋の高さで計算すると約27万袋。そんな名実ともに同社の看板商品である『マルちゃん焼そば』だが、当初は社員の手売りで始まったという。 「今でこそ、スーパーマーケットなどで定番品として扱ってもらっていますが、47年前の発売当初、焼きそばは外食で食べるもので、家庭用のチルド麺を提供するところがほとんどありませんでした。我々は“これから家庭用の焼きそばが来る”と信じて製造しましたが、当時は、チルド流通網が発達していませんでした。そこで、工場の社員が自ら販売ルートを開拓しようと動いた先が青果市場でした。青果市場には商店や小売店の方が大勢来る。まずは、その方たちに訴求しようと。早朝の青果市場へトラックで焼きそばを持ち込み、屋台さながらに実演販売したと聞いています」 早朝の青果市場で作り立てのソース焼きそばは話題となり、少しずつ販路を開拓していくが、当時馴染みのなかった“家庭用焼きそば”の普及に成功したのは、「地元の製麺所と共存できたのも大きい」と話す斎藤さん。実は、この地元の製麺所こそが『マルちゃん焼そば』のCM展開にも深く関係していた。 ■企業パワーは使わない…地元製麺所との共存共栄を望んだ創業者の気概 『マルちゃん焼そば』が発売されたのは、1975年(昭和50年)11月。経済成長時代であり、大都市でも町中にうどんやそばの生麺を作って販売する製麺所が多数存在していた。業務用はもちろん、家庭で食される麺の提供もこれらの製麺所が担っていた。 「焼きそばは蒸し麺で、町中の製麺所とは商品では競合しませんでしたが、敢えて派手なコマーシャルはしない”と決めたと聞いています」 企業が大々的にテレビCMを展開したら、その影響力は絶大だ。しかし、『マルちゃん焼そば』は自社利益よりも、全国にあった製麺所と共存共栄を望んだのだ。これは創業者である森和夫氏が常々「会社は公器」として考えていたからだろう。そして、その経営哲学がいまも受け継がれ、“47年間一度もテレビCM展開なし”という驚きの事実につながっている。 「“マルちゃん焼そば”は看板商品であると同時に、先輩社員の方々の色んな想いや沢山の努力が詰まった無二の商品です。その想いを現社員たちも大切にしています」 ちなみに『赤いきつね』に関しては、1978年(昭和53年)の発売当初から武田鉄矢を起用したテレビCMを流している。このシリーズはギネス記録に認定されているほど長く続いているが、これについては「カップ麺市場は販売戦略が異なるため」と斎藤さん。大手がひしめく市場ならではの戦略があるという。
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