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小此木大臣の後任に棚橋氏

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2021年06月25日

菅総理大臣は、横浜市長選に出馬するため辞任願を提出した小此木国家公安委員長の後任に、棚橋泰文元科学技術担当大臣を起用する方針を固めたことがテレビ東京の取材で分かりました。政権幹部が明らかにしました。

 

 

三菱自、ドイツに罰金33億円…排ガス検査「改善不十分」と認定

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2021年06月25日
 

 

「突然、ドンと音」半数が崩れ落ち フロリダ高級マンション崩落

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2021年06月25日

米南部フロリダ州マイアミ近郊で24日午前1時半ごろ、12階建て高級マンションの一部が崩落し、少なくとも1人が死亡、10人が負傷した。崩落の原因は不明。地元当局者によると、居住者とみられる人のうち少なくとも99人の安否が分かっておらず、被害が拡大する可能性がある。在マイアミ日本総領事館によると、日本人が巻き込まれたとの情報はない。 【崩壊したマンションの悲惨な状況】  現場は高級リゾート地として知られるマイアミビーチの近くで、海に面している。コンドミニアムと呼ばれるタイプの建物で、短期滞在者や観光客もおり、崩落時に建物内にいた人数は判然としていない。136戸のうち約55戸が崩れ落ち、これまでに37人が救出された。  目撃者は米メディアに「突然、ドンという音がした」「爆発が起きたのかと思った」などと語った。連絡が取れない人の中には、パラグアイのアブド・ベニテス大統領夫人の親族も含まれている。  崩壊の瞬間をとらえた映像によると、建物中央付近が砂煙とともに崩れ落ち、その数秒後に東側が倒壊した。崩壊を免れた西側は、むき出しになった部屋からベッドや家電製品がぶら下がっている。新たな崩壊の危険もあり、レスキュー犬を連れた救助隊員が捜索活動を続けている。同州のデサンティス知事は「生存者を見つけることができると信じている」と述べ、捜索に全力を挙げる考えを示した。  不動産会社や米メディアの報道によると、建物は1981年に建てられ、老朽化のため鉄筋などの腐食を防ぐ工事が検討されていたという。専門家は、築40年でこれほど大規模な崩壊は考えにくいとの見方を示している。屋根の改修工事中だったとの証言もあるほか、地盤陥没の可能性も指摘されているが、崩落した原因は分かっていない

 

 

バイデン大統領と上院超党派議員団、130兆円規模のインフラ投資合意

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2021年06月25日
 

 

「治療どこで」全国18万病院を一括検索、厚労省が情報サイト新設へ

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2021年06月25日

(写真:読売新聞)

 

 

一時は感染爆発、インド接種「世界最多」1日861万回…予約不要・戸別訪問で加速へ

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2021年06月23日
 

 

ミャンマー内戦の危機 親軍派殺害相次ぐ

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2021年06月23日

国軍がクーデターで実権を握ったミャンマーで、国軍側や支持者が標的となる事件が相次いでいる。国軍系政党を狙った爆弾事件も発生した。多くの事件で犯人は不明だが、市民が武装して国軍に抵抗する動きと連動している可能性がある。国軍は22日に第2の都市マンダレーで武装した市民の掃討作戦に着手。「大規模な内戦」へとエスカレートすることが懸念されている。 ロイター通信によると、最大都市ヤンゴンで18日、国軍系政党、連邦団結発展党(USDP)事務所付近に駐車されていた軍用トラックに仕掛けられた爆弾によって、兵士が死亡。その後、付近で別の爆発があり、市民1人が死亡した。人的被害は出ないケースも含めて、爆発物が設置される事件がヤンゴンを中心に国内で続出している。 目立つのが国軍支持者の殺害事件だ。中部マグウェでは5月31日、行政機関職員ら5人が殺害された。犯行に関与したとされるグループのメンバーは地元メディアに対し、「(5人は)裏切り者で、国軍への情報提供者だった」と話した。 今月16日にはヤンゴンで国軍が任命した行政担当者が射殺された。男性は地域で「デモ隊摘発に協力している」と指摘されていたという。ヤンゴンでは同日、国軍に近いとされた地元教育委員会幹部も射殺された。 民主派で作る国民統一政府(NUG)は5月、国軍に対抗する部隊「国民防衛隊」を結成した。NUGは国内の少数民族武装勢力との連携を図る方針も示している。この動きに呼応した市民の一部が、NUGの管理外で独自に活動を始め、武装勢力から武器提供や訓練を受けるなどし、国軍に対抗する姿勢を強めているという。 国軍は民主派に協力する武装勢力を批判。弾圧による市民の死者が今月21日時点で870人を超える中、武装した市民の摘発を強める構えをみせている。22日にはマンダレーで武装した市民が隠れていたとされる建物の制圧に乗り出し、銃撃戦に発展。国軍の発表によると、市民8人が死亡し、国軍側にも複数のけが人が出た。 不安定化する国内情勢について、国連のブルゲナー事務総長特使(ミャンマー担当)は18日の国連総会で「大規模な内戦が起きる可能性が現実味を帯びている」と発言。混乱の激化を懸念している。

 

 

ミャンマー選手、難民申請 入管庁「迅速に手続き」

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2021年06月23日
 

 

香港・蘋果日報の休刊問題に「深い懸念」 米国務省報道官

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2021年06月23日

米国務省のプライス報道官は21日、香港紙の蘋果(ひんか)日報が中国共産党や香港勢力の圧力で休刊に追い込まれようとしている問題で「深い懸念」を表明した。 プライス氏は、香港国家安全維持法(国安法)が「選別的かつ政治的動機に基づいて運用されている」と批判。「独立した報道機関を恐るべき手段で恣意的に標的にしている」とも指摘し、「報道の自由を圧殺すれば、国際経済のハブとしての香港の成長力を損ねることになる」と強調した。

 

 

逃亡した香港活動家5人、高速ボートでの脱出劇

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2021年06月23日

南シナ海の大海原を高速ゴムボートで横断する間、5人の若い男たちは上空や後方から追跡される気配がないかを絶えず警戒していた。  その朝、澄み切った空の下、香港を出発した。持ち物はiPhone(アイフォーン)と、台湾まで数百キロの海路を進むための方位磁針のみ。外海に出ると波が急激にボートを揺らし、救命胴衣が外に放り出されたり、何人かが転倒したりした。  5人の年齢は18歳~26歳。2020年7月に出発する前はほとんど面識がなかった。共通するのは全員が逃亡者で、自身は不当だと考える理由で訴追を受けていたことだ。2019年の香港民主化デモで果たした役割を考えると、実刑判決は避けられなかった。  5人は台湾に到着し、その数カ月後には米国に渡り、亡命を申請した。渡米には米国務省が関与していた。  彼らは海路を経て自由の身になったことが唯一確認されているグループだ。本稿の記述はこのうち3人へのインタビューに基づいている。3人は脱出時点で香港当局に追われており、うち2人は起訴され、複数年にわたる禁錮刑の可能性があった。残る2人のボート同乗者の状況は確認できなかった。  ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が取材した3人の男性は、英語のファーストネームを用いるよう求めた。WSJは彼らの身元を確認した上で、事情に詳しい複数の関係者へのインタビューや公的資料、地元メディアの報道との照合を通じ、可能な限りその話の裏付けを取った。  昨年、中国は香港国家安全維持法を施行。異論を封じるためにこれを利用し始めた。それ以来、香港を逃げ出す人々が後を絶たない。多くは数百万人の香港市民に門戸を開く英国の移住制度を利用したり、カナダやオーストラリア、台湾などに新天地を求めたりしている。  民主化デモ関連で罪に問われる人々の間には、こっそり脱出するのが唯一の解決策だとの声もある。逮捕されたデモ参加者は既に1万人を超え、検察は刑期を引き延ばしにかかっている。裁判を待つあるグループは、在香港の米総領事館に保護を求めて駆け込んだが、拒否された。  海上で捕まれば、重大な結果につながる場合もある。5人が逃亡した翌月の2020年8月、中国の沿岸警備隊は同様の企てをした12人の活動家を途中で阻止し、中国本土の刑務所に送り込んだ。その後、大半の者は裁判を受けるため香港に連れ戻された。  香港政府の報道官は、警察は状況に応じて逃亡者を追い詰め、法律に従って追及すると述べた。 脱出を決意  5人は2019年に香港民主化運動に身を投じた。当時、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする逃亡犯条例改正案(後に廃案)をきっかけに、民主化運動が激しさを増していた。  レイ(25)は倉庫管理の仕事をしていた。同年11月、香港の2大学で数日続いた警察とデモ隊のにらみ合いに加わった。警察は一方のキャンパスを包囲し、最終的に1000人以上を逮捕した。  レイは暗闇の中で線路をはうようにして逃げたという。当局は両親のアパートを数回捜索したが、彼はすでに潜伏した後だった。  トミー(22)は美術を学び、バーテンダーやバリスタのアルバイトをしていた。違法集会の罪で3日間刑務所に入ったが、保釈された。当局はパスポートを没収し、合法的に香港を出られないようにした。他にも騒乱罪などに問われていたと彼は話す。  ケニー(26)は土木技師だった。2019年10月、参加していた抗議デモが警察と衝突し、逮捕された。警官暴行など複数の罪で起訴された。  拘留中、警官に何度も後頭部を殴られ、気を失ったと彼は話す。香港政府の広報官は、当局はそのような不当な扱いの訴えを真剣に受け止めるが、本格的調査を始めるためには被害者が証拠を提出する必要があると述べた。  3人が脱出を決意したのは異なるタイミングだった。トミーとケニーはそれぞれ数千米ドル相当をつぎ込み、別々の機会に何度も脱出を試みた。持ちかけられた計画のいくつかは詐欺だったようだと2人は話す。  最後の脱出に乗り出す前、3人は約1300ドル(約14万3000円)ずつ出し合い、ツインエンジン搭載の高速ゴムボートを購入した。誰が脱出計画を取り仕切ったかを彼らは明かさなかった。香港当局の報復を恐れているためだという。  トミーが潜伏する前、家族との最後の食事中に、祖母が数十年前、本土から香港に違法な越境をした話を詳細に語った。トミーは以前もその話を聞いたことがあった。だが自分の計画をにおわせないように注意を払い、黙っていた。  昨年7月半ばのある朝、5人は辺ぴな場所にある埠頭(ふとう)に集合。全員がTシャツに短パンという目立たない服装だった。一人は釣りざおを、別の一人は救命具を持参した。自分たちの中にスパイがいる可能性を懸念し、わずかな言葉しか交わさなかった。  5人は交代で操縦し、他の者たちは見張りを続けた。荒波の中でボートを操縦する方法をユーチューブ動画で視聴し、事前に準備した者もいた。スマートフォンの衛星利用測位システム(GPS)表示によると、中国の領海を出るのに5時間以上かかった。  「死ぬほど怖かった」。レイは正体不明の船を何度も見かけたことを思い出し、こう語る。「彼らが何の目的でそこにいるのか分からなかった」  やっと国際水域に達すると、エンジン出力を落とし、ポテトチップスやキャンディー、コーンの缶詰などの保存食品をかき込んだ。航海を始めて10時間余りたった頃、彼らはエンジンを停止。ケニーはスクリューにロープを絡ませ、モーターの一つをわざとオーバーヒートさせた。エンジンが1基しか動かず、燃料も残り少ない状態で自分たちが発見されれば、きっと陸地に引き揚げてくれると考えたのだ。  彼らは暗闇の中、SOS信号を送った。1時間後、遠くに白い光が出現した。それは台湾の沿岸警備隊だった。 極秘作戦の再来  彼らはまず台湾領の東沙諸島に連れて行かれた。香港から台湾本島までの距離のおよそ3分の2に位置する南シナ海の島々だ。そこから台湾南西部の港湾都市、高雄にある極秘拠点に連れて行かれた。政府施設に収容後、衣服やたばこ、地元の新聞などが与えられた。  台湾にとどまることを希望する者もいたが、全員が退去しなければならないと告げられたという。台湾を領土の一部だと主張する中国政府は、台湾周辺で軍事行動を活発化させており、東沙諸島への侵攻が懸念されていた。台湾の国家安全保障当局は、香港の逃亡者を積極的に支援していると見なされれば、中国政府が侵攻を正当化する口実に使われかねないと危惧した。この件に詳しい複数の関係者はそう話す。  台湾総統府の広報担当者はこの状況についてコメントを控えるとし、安全保障とプライバシー上の懸念を理由に挙げた。台湾政府は法律に従い、香港市民への人道的支援を続ける考えだとこの担当者は述べた。  中国国務院(内閣に相当)の台湾事務弁公室にコメントを求めたが、返答は得られなかった。昨年のこの状況に対し、同弁公室の広報担当者は具体的な情報がないとしながらも、台湾与党が香港問題に介入していると非難。台湾政府のそうした行動には政治的な動機があるとした。  当時、逃亡した当人たちに知らされないまま、彼らを渡米させる取り組みが進んでいた。香港出身で米首都ワシントン在住の活動家サミュエル・チュー氏によると、彼らの香港脱出を知った米国務省から連絡を受け、人道的臨時入国許可と呼ばれる手続きを通じて渡航の手助けをするよう頼まれたという。  米国務省はコメントを控えた。アントニー・ブリンケン国務長官は2月、中国の政治的抑圧を逃れた人々に米国は門戸を開くべきだと述べた。もし彼らが自分たちの権利のために決起し、その結果、「中国当局による抑圧の犠牲者になったとすれば、われわれは彼らに避難場所を提供する努力をすべきだ」とブリンケン氏はニュース専門局MSNBCに語った。  中国外務省は、米国は香港問題に干渉すべきではないと繰り返し述べている。  5人を米国に渡航させる役目は、30年前にチュー氏の父親、朱耀明(ユミン・チュー)牧師を含むグループが主導したイエローバード作戦に似ている。この極秘作戦では、北京の天安門広場での抗議デモに参加した数百人の若者を、香港の隠れ家にひそかに連れて行き、そこで米国やフランスなど西側諸国への入国に必要な手続きが終わるまで待機させた。  「台湾は今、ある意味で89年当時に香港が果たした役割を担っている」。息子のチュー氏はこう語った。  チュー氏がワシントンで作業を進める間、台湾在勤の米政府当局者が高雄にいる5人を訪ね、安心させた。  彼らが安全に台湾を離れる準備が整うまで6カ月を要したと、事情をよく知る別の関係者は話す。1月13日、5人全員が民間航空機でスイスのチューリヒに飛び、その後ニューヨークに向かった。  到着すると、5人は脱出後初めて家族とビデオ通話することができた。トミーの両親ときょうだいは泣き崩れた。レイの母親は彼がまだ生きていたことが信じられないと話した。  ケニーはワシントンに移り、香港からの他の避難者と共にアパートで暮らしている。彼は香港のデモ参加者を支援する組織を共同で立ち上げた。  レイとトミーはニューヨークにとどまり、地階アパートの一室を一緒に借りた。2人とも大学入学と米軍入隊を目指す。  30年余り前に天安門事件が起きたのと同じ6月4日、彼らはニューヨークのワシントンスクエア公園で開催された追悼集会に参加した。香港の自由を呼びかける黒い旗を掲げ、キャンドルに火をともし、他の香港出身者と一緒に写真を撮った。  トミーは民主化を求めて天安門広場に集結した学生について「われわれは共産党に弾圧された同じ集団の一員だ」と語った。

 

 
 
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